南馬宿村の静寂を破るものは、夜驚症による村民の悲鳴か、あるいは移住者の見当違いな絶叫と相場が決まっています。
昨晩も、都会から来たばかりの若い移住者が、顔面を土気色にして家から転び出てきました。同報無線の「孤独死防止機能」の赤いボタンを自ら連打する勢いで彼が訴えた恐怖の原因は、便所の土壁にびっしりと張り付いていた「便所虫」、すなわちカマドウマでした。
都会の無菌室のような水洗トイレに慣れきった彼らにとって、あの尋常ではない跳躍力と不規則な挙動、そして何よりその禍々しいフォルムは、この世の終わりのように映るのでしょう。しかし、南馬宿村において、便所にカマドウマが鎮座しているのは、朝になれば同報無線から100デシベルの「元気ハツラツ体操」が流れてくるのと同じくらい、ごく「あたりまえ」の日常風景です。
当村には上下水道などという軟弱なインフラは存在しません。各戸に完備されているのは、誇り高き「肥溜め」です。底知れぬ暗がりから立ち上る芳醇なアンモニア臭と、豊かなメタンガスの発酵熱に誘われ、カマドウマたちは便所を極上の安住の地としています。むしろ、彼らが丸々と太り、多く生息しているということは、その家の肥溜めが極めて健全に発酵している証左なのです。カマドウマは、肥溜めの健康状態を測る村独自のバロメーターと言っても過言ではありません。
それにもかかわらず、その移住者はあろうことか、村の貴重な除草剤を便所に散布し、彼らを駆除しようと試みました。生態系とインフラに対する明らかな反逆です。
この愚行の報告を受けた重敏村長は、いつものように感情のない瞳で、静かに布告を出しました。 「便所虫ごときで騒ぐようなひ弱な精神の持ち主は、我が村の疫病には耐えられまい。明日から一ヶ月間、隣の畑の牛糞堆肥の切り返しを命ずる。虫と一緒に跳ねる暇があるなら、スコップを握って泥と舞え」
南馬宿村において、弱い者は生きる資格がないも同然です。便所虫に怯えるような脆弱な精神力では、有益な労働力を提供できると証明することは不可能です。案の定、除草剤を無駄遣いした彼の家の周りには、今朝から不自然な深さの落とし穴が掘られ始めました。着々と「村八分」の準備が整いつつあるようです。
用を足す際、無防備な顔面に向かって跳躍してくるカマドウマを、表情一つ変えずに素手で叩き落とす。その程度の荒行すらこなせないようであれば、南馬宿村には住めません。 郷に入っては郷に染まる。便所の主すら受け入れられない者に、この村の明日を見る権利はないのです。
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