WEBLIOによりますと、ルッキズム(外見至上主義)は
人を容姿の美醜によって評価し、身体的魅力に富む人(美男美女)とそうでない人を差別して扱う、という考え方を意味する表現。
南馬宿村において、都会的な美意識は最も忌むべき邪道とされる。特に女性に対するルッキズムは強烈で、容姿端麗であったり髪が整っていたりすると、「村の男たちを誘惑している」あるいは「日々の過酷な労働をサボっている」とみなされ、瞬く間に迫害の対象となります。
口紅以外の化粧をする文化が一切ないこの村では、美白や日焼け止めなど言語道断。移住者が村の風景に馴染むためには、自ら率先して美を破壊し尽くさなければならりません。
こうした徹底した「非美化」の装いこそが、村の重労働を耐え抜いた証であり、唯一の生存戦略なのです。今宵も夜驚症の悲鳴が響き渡る中、都会の常識を捨て去った者だけが、この限界集落の静かな夜を迎えることができるのです。
眉毛は整えない
都会の洗練された美意識や手入れの行き届いた容姿は、村の秩序を乱す極めて危険なものとみなされます。
特に顔の印象を大きく左右する眉毛において、綺麗に整えられたアーチ状の眉や左右対称の整ったラインは、周囲に対して「私は日々の過酷な労働をサボり、鏡の前で自分の顔ばかり眺めております」と宣言するに等しい行為。
移住者が村の風景に馴染むためには、眉毛は絶対に整えないことが鉄則となる。理想を言えば、太くて左右の眉が堂々と一つにつながっている状態が望ましい。もし自前の眉の生え方がスマートであるならば、無理にでも眉毛タトゥーを施すか、あるいは日頃の牛糞堆肥の切り返し作業で舞い上がる泥や雑草の汁をあえて付着させ、野生動物のような無造作感を演出するのが南馬宿村流の最先端の処世術です。
日焼けしてシミを作る
移住する前に意識して紫外線を浴びて、日焼けをしましょう。シミは多ければ多いほど良いのですが、シミを作るには時間がかかりますので、その場合はシミタトゥーをおすすめします。
シミタトゥー
紫外線でシミを作るのは時間がかかるので、シミのタトゥーを入れる方法があります。間違っても星型やハート型にしないでください。できれば、あんな場所にシミがあって可哀想に、と思われるようなところに入れると良いでしょう。
歯を間引く
限界集落では歯が命と言われています。歯が白く、歯並びが良いと妬まれます。前歯を1本追ったり抜いたりすると見た目が劣化します。
南馬宿村では、白い歯や整った歯並びは都会の傲慢さの象徴であり、極めて不自然なものとみなされます。限界集落であるこの村において、歯が綺麗であるということはすなわち「日々の過酷な肉体労働や過剰な助け合いから逃れている」という不吉なメッセージにほかならないのです。南馬宿村では「歯が命」ではなく、「歯をどう間引くか」が生存の分かれ目となります。
前歯を一本折ったり抜いたりしてあえて見た目を劣化させておくことは、村民としての協調性を示す最も手っ取り早い手段。
鼻毛を伸ばすか、つけ鼻毛
容姿端麗であっても鼻毛を伸ばして多めに出しておくと、多少印象が悪く(良く)なるのでこれをおすすめします。
髪の毛を集め、1~2cm程に切ったストローの円形部分に貼り付け、それを鼻の中に差し込めばつけ鼻毛の出来上がり。
髪はボサボサに
南馬宿村では、長くて艶のある髪は極めて不自然であり、村の秩序を乱す危険な存在とみなされる。都会からやってきた移住者のなかには、シャンプーの香りを漂わせ、サラサラのロングヘアをなびかせている者が時折見受けられるが、そんなものを放置していようものなら、瞬く間に「村の男たちを誘惑している不届き者」というレッテルを貼られ、容赦ない迫害の対象となります。
そもそも、南馬宿村には美容院など一件も存在しない。各家庭のインフラは壊滅的であり、上水道すら通っていないこの村で、髪を綺麗に洗うことなどそもそも不可能に近い。もし美しい黒髪を維持しようものなら、「私は日々の過酷な労働をサボり、自分の見た目ばかりに時間を費やしている」と周囲に高らかに宣言しているようなものであり、これほど傲慢で村の協調性を欠いた行為はない。
そのため、移住者が村の風景に馴染むためには、自ら率先して髪を傷めつけておく必要がある。手っ取り早い方法としては、日頃の農作業や牛糞堆肥の切り返し作業の合間に、強力な油脂洗浄剤等を使用し、徹底的に髪の油分と水分を奪い去ることだ。パサパサで指も通らないようなボサボサの髪にしておけば、「今日も一日、村のために汗水垂らして働いたのだな」と村民たちからも一定の信頼を得ることができるのです。
髪型のことを一切気にしなくて良いというのは、この村で生き抜く上では極めて気楽で、余計なストレスを感じずに済む数少ない利点の一つと言えるだろう。どうしても身なりを整えたいのであれば、前髪を伸ばし放題にして鼻毛や眉毛と絡み合わせ、野生動物のような無造作感を演出するのが南馬宿村流の最先端のおしゃれと言えます。





